お気楽に、きらきらしたものを集めます。管理人名前=きらく。かわいいグッズに目がない。一応大学卒業が決定したらしい。


by kirakirakiraku
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ららら

 今日もまた、「老け顔」と言われてしまった。
 私が老け顔なのは、どうやら確からしいという想いが確信に変わる夜。ま、いいけど。

 それにしたって、顔というのは、人生に良くも悪くも影響しまくりのパーツである。
 昨日も某お友達と深夜会談していたが、その人も
「顔がいいだけで、適当に生きてても認められる男が許せない!」
みたいなことを言っていた。自分と同性である男性については特にシビアになってしまうとのことだが、気持ちはよくわかる。
 ただその顔に生まれついただけ、という運以外の何でもないようなことで、優遇されたり、バカにされたりしてしまうのだから大変だ。努力でどうにかなる範囲も狭いから、若いうちに限って言えば人間の苦悩の一大根源ではないかとさえ思えてくる。

 でもまだ男はいいと思うよ、色々と。女は容姿のウエイトが相対的に高いから、ブスに生まれたとか、高齢だとかで得られないものは有り過ぎるくらい沢山有るんだもの。

 でも、日本には、そんなことを吹き飛ばしてくれる御方がいるよね。ほら、この前妊娠した、

 ヤワラちゃん。


 自分の顔面や体型や老けっぷりを全部横に置いておくが、ヤワラちゃんは、美人じゃないと思う。「カワイイ」もちょっと違うと思う。でもヤワラちゃんの面白いところは、「ブスの悲哀」に安易に甘んじる事の無いポジションに居続ける図々しさと個性だ。

 たとえば体ひとつで金メダルを獲り、絶大な強さを見せ付け続けるヤワラちゃん。これは所謂、「ブス=能力勝負」の生き方で、結構メジャーな処世術である。でもそれだけじゃないのがヤワラ流。
 
 彼女は、世間の玉の輿を夢見る美人だってなかなか捕まえられない憧れの旦那をわしづかみにし、普通の女の子じゃもらえないようなでっかいダイヤがついた指輪をもらって、悪趣味なくらいド派手で金のかかる結婚式をして(真っ青な地球型ウエディングケーキは美味しかったのだろうか)、その全ての逸脱行為で日本中の注目を浴びる女でもあるのだ。

 さらに、世の中には「ブス=性格美人を目指す」という生き方があるが、彼女はその方程式を外れている。何故なら、日本で良いとされる「控えめさ」のカケラもない行動をするからだ。でっかいダイヤの指輪を日本中に見せ付けたり、妊娠したというそれだけのことで記者会見を開いたりする。しかしその反面、ちゃんと松田聖子並みの「ブリッコ」も同時にして見せる所がまた秀逸である。

 ヤワラちゃんは美人じゃない。
 でも超強くて、超図々しくて、欲しいもの全部、その手に掴んでいる女の子。
 ヤワラちゃんは、獲れないであろうブドウを見て、「どうせあのブドウは酸っぱいよ」なんて言わないはずだ。獲れそうもないとか関係ないはず。欲しいから獲る。That is Yawara's way。

 試合の時はスッピンだけど、記者会見では、ちゃんと綺麗めメイクをして、出来る限りのオシャレをして出てくるヤワラちゃん。金メダルを獲ったからって獣のような女として寂しいプライベートを過ごしたりしない。彼女はブスのローカルルールに甘んじず、でっかい舞台でミラクルをゲットしていく。周囲が呆れるくらいに強力な煌きを放ちながら。

 ヤワラちゃんを見ていると、終いにはこう思ってしまう。
 彼女にとって、人間にとって、人生にとって、
 美しくない事が多少のハンデだったとして、それがなんだっていうんだい??

 私はヤワラちゃんのファンではない。だけど、彼女を見ていると勇気が湧く。
 ヤワラちゃんには、末永く幸せに生きて、いつまでも輝いていてほしいものだと思う。
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by kirakirakiraku | 2005-06-29 22:12 | ひと

夢のカケラ?

 先週の金曜日に提出した企画書が、第一次審査に通ったとの電話連絡があった。

 その企画書は、我が大学が、学生の研究やボランティアなどに資金提供してくれるというプログラムに対して応募するため作ったもの。資金提供される企画は、公募の後、プレゼンテーションを経て審査により選ばれることになっていた。それが、予想外に多数の企画が寄せられた為、急遽書類審査として一次審査を設けたということらしい。結果として企画数は約半分になった。

 とりあえず電話をもらった時、嬉しかった。ぐったりしながらも(今日も疲れが残っていたし)作成した企画書が、なんとか生き残れたんだぁと。
 そして何よりも、ギリギリのスケジュールで的確なアドバイスをし続けてくださった先生に、心から感謝しなくてはいけないと思った。もしこの企画が通ったら、企画実行の時だけは、先生を師匠って呼ばせてもらえないかなぁ、心の中で。そのぐらい私は先生を尊敬してしまっていると思う。でも師匠先生には一次審査を通った事は言わないでおこう。とても忙しい先生を、さらに忙しくさせたくないから。言うのは最後の結果だけにするんだ。

 さて、次の審査は、予定通りプレゼンテーションを経て行われる。結構きつい質疑応答もあるかもしれない。パワーポイントのデータを作って、できるだけ合格できるように頑張りたい。でも自信はない。一次審査に残れたのだって、周りの人の力や、偶然みたいなものかもしれないなぁ・・・とか思わなくもないし、一次審査合格企画の表を見つめては、溜息が出てしまう。
 けど、ここまで来たらやっぱり全力で頑張りたいなぁ。これが直接の「夢」とは少し遠いところにあるとしても。

 私が企画を立案した時、時間がなくて色んな人に協力をお願いしてまわった。ほとんどの人は「信用貸し」みたいな状態なのに、凄く快く引き受けてくれて、ありがたくてしょうがなかった。おかげでうちの企画には、我が大学の全部の学部の人間が揃っている。これも大切なアピールポイント。さらに、友人は色んなヒントやアドバイスをくれる。そういう言葉をもらうと、心が強くなれる。色んな人の言葉を抱えて、会場に乗り込むつもり。ありがたい限り。

 怖いよ~、でも戦うよ。
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by kirakirakiraku | 2005-06-29 00:24 | 生活

うーん

一夜経って、前回の投稿「ピーターパン」、自分でも何言ってたんだかよくわからなくなってしまった。
この話、いろんなよけいなものを取り除いて行ったら何が残るんだろうな。
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by kirakirakiraku | 2005-06-27 19:49
(前のつづき)

 集会所にはまだ誰も居なくて、静かで暇だったのでAさんにメールした。カバンを守ってくれてありがとうと書いた。すると集会所のドアが開く音がして、Aさんも集会所にやってきた。隣にちょこんと座るAさんは、本当に普通の男の人だった。エキセントリックだった数ヶ月前の姿が、嘘みたいに男っぽくなっていた。その後Aさんはちらっと携帯電話を見て、やっと私からの携帯メールに気がついたみたいだった。「携帯メールを打つのは苦手で、口頭で返事させてください」という。そうだったのか。今まで相当長いメールをくれていたけど、無理させていたのかなぁとちょっと思って申し訳なかった。それとも、本来の姿に戻ったのかなぁ。普通男の人は長文メール打たないしなぁ。

 集会所の本棚にあった本を読んでいると、隣でAさんが絵画評論の本を読み出す。私は、Aさんの、医学生なのにこういう本を読むところが好きだ。私はどの本にも興味がわかず、中年の小説家がトルコ風呂で出会った女にハマっていくという刺激的な小説(何故そこにあったのか)をパラパラめくったりしていた。そういえば、長崎の大学から来た医学生が酔いながら昨夜Aさんに言ってたっけ、
「Aさんって変わってるよな。休学しても風俗に行かないのが変わってるよ」
って。休学したら普通風俗に行くのか、男は。その方がよっぽど私から見たら変だけど。
でもそれに対して、
「いや、私は大塚愛の・・・ですから」
と、手で二つの丸を作って返したAさんはやっぱり変わっているよ。自分はチェリーなんとやらであるという意味らしい。あ、Aさんの名誉のために言えば、彼は中性的で、芥川龍之介系の、文学青年をそのまま絵にしたような魅力ある美青年ですが。

 そのあと集会所で私達は眠ってしまい(徹夜した後静かに読書なんかしてたら寝るのは当たり前である)、朝ごはんの時間になって目が覚めた。そのあとはバタバタしていて、直接話はほとんどしなかった。
 そしてまた私達の学校のチームは、揃って地元に帰還したのだけど、帰り道ずっと私は、Aさんのことを考えていた。どこか心に違和感が残る。

 思ったのは、Aさんはピーターパンみたいだったなぁということだ。
 でも、私達はいつまでもネバーランドにはいられない。

 無邪気で頼りなくて個性的で危なかったAさんも、いずれ普通の大人になるんだろうか。
 お金や仕事や、女のことで忙しくなって、もう私としりとりやにらめっこをしたりはしてくれなくなっちゃうんだろうか。全く実用的ではない小説を読むのをやめて、大事なものをしっかりその手で守る男の人になるんだろうか。自転車を全速力で漕ぐのをやめて、自動車に乗って、チェリーなんとやらをやめて、お金で女の人を買えるようになっちゃうんだろうか。
 私が会いたいと言っても急には会えない、忙しい社会人になるんだろうか。

 突然忙しくなる生活や、唐突に始まる数人での臨床実習にAさんが馴染めるかどうか、凄く心配な一方で、彼が出会った時と比べて劇的に変化していることに対する切なさが拭いきれない。

 出会った頃、私はAさんのことを好きになりそうだった。
 でも彼がピーターパンだから怖かった。その気持ちを抑えた。
 だけどむしろ、もはやピーターパンじゃなくなったAさんを、好きになれるかはわからない。
 いや、本当は、どっちのAさんも凄く好きで、でも新しいAさんは手の届かないところに行っちゃう気がして、どうしていいかわからない。


 ねぇウエンディ、ピーターパンが大人になってしまうよ、どうしよう。
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by kirakirakiraku | 2005-06-26 23:45
 木曜は3時間睡眠の後20時間ほどぶっ続けで図書館に残って缶詰になり、なんとか企画書を完成させ提出。その後、すぐに午後7時から激しい飲み会。ただ呆然としながら、企画書を作り終えた達成感に酔った。

 次の日は朝7時30分に部長からの電話で目が覚めて、7時50分までに準備をして1泊2日の合宿へ。合宿場所は熊本、阿蘇。到着したらすぐに部活動を行う。さらに夜9時から懇親会という名のバカ騒ぎ飲み会が開始された。

 熊本には、知り合いが何人か来ていた。その中でも、ずっと話をしたかったAさんと落ち着いて飲み始めたのが夜12時くらいから。Aさんとは出会って以来、何度かメールのやりとりをしていたが、実際に会うのは数ヶ月ぶりだった。 

 Aさんはちょっと変わったお人で、私のような素人が見ても個性的な性質を持っているとわかる。そういうのが苦手な人もいたようだけれど、私は彼の雰囲気が凄く好きだったから、また話せるのが嬉しかった。Aさんと私はたわいもない事で徹夜した。一人、二人と飲み会の会場から去っていく中、私とAさんはずっと、しりとりとにらめっこをしながら話をしていたのだった。朝が来て、二人で散歩に出かけることになった。5時くらいだったか、朝日が見えていた。

 熊本、阿蘇の雄大な風景は、同じ田舎ではあっても私の暮らしている所とは違う。大好きな紫陽花が咲く道を、Aさんと二人でのそのそ歩いた。
 実はAさんは、今まで病気で学校を休んでいた。それが、来月から学校に復帰されるとのことだった。以前は病気のせいか薬のせいか、少し普通とかけ離れた点が多かったけれど、今回会ったときには普通になっていて、回復したんだなぁと思った。Aさんが復帰できることは、私にとっても凄く嬉しかった。(ちなみに余談だけど、別の日に日記で書いた、学校を去った友人も、新しい大学に無事合格したようで本当によかった)
 ただ、夜中じゅうずっとニコニコしていたAさんだけれども、7月から学校に復帰する話の時だけは、明らかに不安そうだった。これからはとても忙しくなるから、そう簡単には会えないだろうと言う。

 医学生というのは普通、忙しいものだ。そうそう遊んで暮らすわけにもいかない。でも今までのAさんは違った。学校を休んでいる間、Aさんは本を読んだり、イルカと戯れたり、自転車を全速力で漕いだりして、優雅に暮らしていた。そんなAさんのメールはいつだって個性的で、ぶっ飛んでいて、楽しかった。
 それなのに隣にいるAさんは今、私達「忙しい医学生」の一員にまた復帰しようとしている。以前は一緒にいてもボーッとしていて、押したら倒れてしまいそうなフラフラした人だったのに、しっかり自分の足で立って、ちょっと重い私のカバンまですっと持ってくれていた。

 30分ばかり歩いたところで、来た道を引き返すことにした。私は地元での多忙な生活を思って、帰りたくないような気がした。Aさんの実家が田舎だという事や、私の生活する地元には本屋がないから、本好きのAさんには耐えられないだろうとか話しながら、光が雲間から漏れ出す空と、山の麓まで平らに広がる田んぼを見て歩いた。

 阿蘇の山は、偽物の映画セットみたいで不思議だ。山があるのに木がなくて、平面的に緑色がついていて、光の当たり具合ではおもちゃみたいに見える。ふと、そんな山に、虹がかかっているのが見えた。薄い薄い虹だったけど。わぁすごいと騒ぎながら、さらに来た道を引き返していると、雨がポツポツと落ちてきて、そのうちザァザァ降り出した。私とAさんは、着ていた上着を頭に被って、でも走ることなく来た道を戻った。

 頼りなかったAさんは、自分の大きな上着の下にしっかりと私のカバンを隠してくれた。濡れそぼりながらも、一緒に歩くのは楽しい。やっと宿泊所に戻ったが、誰もまだ起きていなかった。男の人と女の人でコテージが別れていて、共同で使える集会所がついているタイプの宿泊所だったので、そこで別れて私は集会所に行き、ぬれた服を取り替えた。急いで家を出てきたから、寝巻きしかなかったけど。
(次につづく)
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by kirakirakiraku | 2005-06-26 23:44 | ひと

大丈夫。

 「夢」を潜伏させつつ(諦めたわけじゃないけど)、とりあえず金曜日までに、チャラになった「夢」の企画の代わりに始めるプロジェクトの企画書を超特急で作らなくてはならないので頑張る。イベント関係の仕事も現在は一時中断して、夜遅くまで集めた資料に目を通したりしている。

 そんな中、色々考えたりもしたけど、やっぱり今は「夢」潜伏させてよかったな、と思う。自分の中に「今はまだ時期尚早かな」っていう迷いもあったし、何よりもやっぱり、私にやめる決断させてくれたある尊敬する人が、本当に人間的に信頼できる人だから、安心感がある。私は本当はその人を「師匠」って呼びたいけれど、今の私の実力じゃあとても弟子にさえなれないから、とりあえず「先生」と呼んでいる。

 今は新しい目標に向かい、大変だけど頑張ろう。代わりのプロジェクトだからといって面白くないわけじゃなく、むしろ前よりも楽しい気もするから、充実もしている。

 もちろんここ数日、鬱な仮面を被った魂の抜け殻みたいになっていたのは事実だけど、支えてくれる沢山の人がいたから、鬱状態になってもすぐまた元気になれた。昨日は友達とゴハン、買い物に行って気分転換になったし、今日も出席やノートのことで、友人に思わぬところで嬉しい救いを頂いてしまった。そんな大好きな友達がいるし、応援して見守ってくれる先生もいるなんて、私は幸せ者だ。独りじゃないってことは、素敵なことだ。大丈夫。
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by kirakirakiraku | 2005-06-23 00:26 | ひと

「夢」潜伏。

 何回か、奥歯にモノが挟まったような言い方で書いてきた「夢」。
 どうやら、機は熟してなかったみたい。つまり、叶うのはまだまだ先だということみたいだ。

 夢が叶う予感に胸躍って、突っ走ったここ数週間、楽しくてジェットコースターに乗っているようだった。でもダメだった。
 「夢」について具体的には書けないけど、結局のところは実力不足だったんだと思う。企画を持ちかけるところまではうまくいったけど、最後の詰めができなかった。

 周りには、せっかく企画したんだからやってごらんという声もあった。
 でも、その企画を実行したら身の危険があるかもしれないからやめろという意見もあった。
 
 反対意見を押し切って、信念を貫き通すという形で無理をすることはできたと思う。
 私が傷ついたり、周りに迷惑をかけたりする可能性がゼロじゃないけど、無理をしても成功する可能性は、多少はあったと思う。だから迷った。

 でも最終的には、私が一番信頼している人の意見に全て委ねた。
 その人は、「今はやめておきなさい」と言ったから、今は企画の実現は中止した。

 色々な人に頼ってしまったり、相談したりしてしまっている自分が嫌。  
 他人に迷惑かけているかもしれないなぁと思うと、ちょっと鬱だから。
 話しているときは元気なのに、独りになると憂鬱で呆けてしまう。

 理想を語るには、相応の実力が必要
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by kirakirakiraku | 2005-06-21 00:50 | ひと
 土日の用事をこなしつつ、研究計画書を作成中。忙しいし大変だけど、凄くエキサイティングで楽しいのでやめられない。用事の方も、面白いことだらけだ。明日は6時起きなんだけど、大丈夫だろうか・・・。でも面白いからサボれないよなぁ~。ああ。(←甘い吐息←バカ)

 この研究をやっていると、「事実は小説よりも奇なり」という言葉の重みを感じる。ほんの少しの過去のつながりが、良質の推理小説のように伏線となって、現実の手がかりになって私の中に残っている。絶望もするし、批判もされる。だけど行き詰るそのたびに、ドラクエほどの正確さで、ちゃんと次の手がかりが見つけられる場所に落ちている事に気付いて立ち直れる。

 自分の人生が映画よりもドラマチックだと思ったりする毎日。こりゃやめられないよ。
 ワーカーホリック。脳内麻薬。
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by kirakirakiraku | 2005-06-19 00:45 | ひと

Congratulations on the good work!

 今日は友達が自分の生活を捧げて作り上げてきた某音楽祭の日だった。

 聞き伝えによると、どうやら音楽祭は大成功だった様子!私は他の用事でどうしても行くことができず、残念だったけど、でも成功したのはとっても嬉しい。へろへろになりながらも一つの音楽祭を作り上げた友人たちに、心から

    おめでとうそしてお疲れ様!!
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by kirakirakiraku | 2005-06-18 22:43 | 音楽

同族と異種。

 最近、色んな人と関わっている。交流範囲を広げるのが得意ではない私は、オバサン臭い外見と時折見せる馴れ馴れしい態度から「物怖じしなくて図々しいタイプ」と思われている割には人見知りで気難しい。
 故に暇なときはずっと独りドライブしているし、映画館だって独りで行くのが普通のことで、ただやっぱり図々しいのか、独りで焼肉もお好み焼き屋も行く。
 さすがに東京のこじゃれた街にある「松屋」に女独りで入った瞬間、店中のオジサンとお兄ちゃんがザッと1度に振り返った時にはビビったけど普段は慣れているからなんとも思わない。多分その時は、店の立地から、こじゃれた街を好む若い女がオヤジ臭いその丼めし屋に「客」として入ってくることは少なくて特に珍しかったのだと思うんだけど、視線が刺さるようだったから忘れられない。その時だけは牛丼を食べ終わるまで、すごく緊張して肩が凝ったような。

 ただ、このごろ仕事があるからどうしても他人と関わることになって、ドライブだけしていたくてもそうもいかないので、そのつながりでどんどん異文化交流が進んでいる。ご飯も他人と食べる事が多くて、でもそれはそれで楽しいので悪くないなぁと思ったりもしているが。

 仕事相手は選べないから、年齢や性別も、オジサンから未成年女子までの幅広い範囲になるわけで、付き合い方とかも考えたりする。
 私はそれほどオジサンが苦手ではないが、年下の部下とか後輩にどう接していいかとかは難しいなぁと思う。相手が何を考えているか、分からない時がある。女の子は感情の隠し方が巧妙だから難しい。男の子の後輩もこっちを明らかにバカにしていたりすると、どうしていいかわかんないから難しい。後輩って凄く可愛いなぁと思ったり、憎たらしいなぁと思ったり。
 今日友達と晩御飯を食べていて、その話になったけど友達は「言葉で誉める」がポイントだと言っていた。そうかもしれないなぁ。

 それから、同質な人から異質な人にまで関わることになって、色々感じたりもする。学年が違い、学部が違い、大学が違い、仕事が違い、色んなことが違う相手と話をする。ただ、色んな立場や条件など関係なしに、やっぱり自分と考え方が似ている相手との討論は楽だと思う。
 文系とか理系とかだけが人間の分け方ではないが、私がガチガチに文系の考え方をするせいで、文系の相手とは話をしていて長々と続きやすい。好む話題とか、考え方の方向性とか、決着をつけるまでの時間が似ているからじゃないだろうか。
 異質な人との交流は勉強になるからそれはそれで楽しいが、同質の人間と馴れ合うような「まったり感」には欠けるようだ。

 うちの学部には考え方や判断基準が似ている友達がやたら少ないという孤独感は前から感じていたが、それはつまり単に感性が異質なのだということに最近気がついた。もともと違うタイプの人の集団に無理矢理紛れ込んでいるからいけなかったのだ。私がジメジメしすぎているとかじゃなくて、もともとサッパリした感性の持ち主が来るべき場所に紛れ込んでしまったから、ご遺体を見て悶々と悩んだり、グロめの授業スライドが時おり見るに耐えないものに感じられたりするのだろう。考えすぎたり、想像しすぎたりしているだけのことだ。
 ただ、そんな状況はやっぱり寂しくて、だから数少ない文系頭の人と長時間話した日には故郷に帰ったような気分になってしまう。今日も某先生と二時間以上話しこんでしまったが、それがあっという間で、楽しくてびっくりした。先生の本棚の本が全部面白そうで羨ましかった。
 でもその一方で、異質な人とわかりあう努力をやめたら終わりだろうとも思う。

 しかし、同じ人間が、異質な相手になったり同族になったりもするし、その辺は常に流転している。ただ、思うことは、全ての基礎は人間関係だなぁということである。同族だろうと異種だろうと、大切な友達や知り合いと、ずっと仲良くしたいものだ。
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by kirakirakiraku | 2005-06-18 02:07 | ひと